1.典型元素を含む特異なπ電子系化合物の合成とその性質や反応性の解明

 有機化合物の骨格を形成する炭素を同族で高周期の元素に置き換えると、これまでの有機化学にはない新しい物質群が創製され、そこには新しい構造、反応性や物性が見られるのではないかと考えられます。そこには新しい可能性が秘められているとも言い換えることができます。

 このような知的好奇心に駆られ、これまでに炭素をケイ素やゲルマニウムに置き換えた二重結合化合物や芳香族化合物が合成され、炭素の系と同様な性質を保ちつつも高周期元素の系に特有の性質を有していることが発見されています。しかし、ゲルマニウムよりもさらに高周期のスズや鉛の系に関してはこれまでほとんど研究されてきませんでした。

 そこで当研究室は、スズや鉛を炭素π電子系骨格に組み込んでも芳香族性が発現するかどうかを調べる研究に着手しました。

1−1.スズを骨格に含む芳香族化合物の合成、構造及びその反応性

(a) ジリチオスタンノールの合成とその芳香族性

 ヘキサフェニルスタンノール1をリチウムで還元したところ、ジリチオスタンノール2を合成することに初めて成功しました。このX線構造解析を行ったところ、平面である五員環炭素上の炭素−炭素結合長はほとんど等しく、ベンゼンと同様な性質を保持していることがわかりました。また、理論計算により芳香族反磁性環電流の存在が明らかになったことから、ジリチオスタンノール2はスズを炭素π電子系骨格に含む初めての芳香族化合物であることが明らかになりました。

(b) ジリチオスタンノールの反応

 炭素上の置換基がフェニル基のジリチオスタンノール2aに様々な求電子試薬を作用させたところ、炭素上に置換基が導入され、様々なリチオスタンノール3が生成しました。また、加える酸素の当量を精緻に制御することにより、1,2-ジリチオジスタンノール4a及び1,3-ジリチオトリスタンノール5の合成及び構造解析にも成功しました。4a及び5をリチウムで還元するとほぼ定量的に2aが再生することから、これらは可逆な酸化・還元系を構築していることも明らかにしました。

 一方、炭素上の置換基がエチル基のジリチオスタンノール2bと求電子試薬との反応では酸化反応が進行し、1,2-ジリチオジスタンノール4bが生成しました。これに12-クラウン-4を加えて再結晶すると、新しいリトセン6が得られました。リトセン6のX線構造解析を行うと、平面である五員環内には明らかな炭素−炭素結合交替がありましたが、7Li NMRや理論計算では芳香族反磁性環電流の存在が示唆されました。

1−2.鉛を骨格に含む芳香族化合物の合成、構造及びその反応性

 このようにスズを骨格に含む芳香族化合物の合成に成功したので、次に最高周期の鉛を系に組み込んでも芳香族性が発現するかどうかを調べることにしました。
 ヘキサフェニルプルンボール7にリチウムを作用させたところ、ジリチオプルンボール8の合成に初めて成功しました。そのX線構造解析及び理論計算により、ジリチオプルンボール8が鉛を炭素π電子系骨格に含む初めての芳香族化合物であることを明らかにしました。即ち、全く大きさの異なる2p軌道と6p軌道が芳香族性を発現させるほど十分に共役し得る、ということを実験的に証明することに初めて成功しました。
 誰も研究しなかった2p軌道と6p軌道の共役を初めて証明したこの成果は、基礎化学的に大変意義深いと考えられます。
 ジリチオプルンボール8はブロモメシチレンと反応し、リチオプルンボール9を与えることも明らかにしました。